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2025/2/25

コラム

【コラム】今後の女性活躍支援への提言 ~育休プチMBA(復職支援プログラム)が両立効力感を高める~(国保 祥子)

育休プチMBA®を立ち上げたきっかけ

私は、2014年に育休プチMBA®という育休中の人を対象としたビジネススキルアップのための勉強会を立ち上げています。

この育休プチMBAという活動は、私のそれまでの企業の人材育成の現場で感じた問題意識と、育休中のある出会いから生まれています。

 私はこれまで多くの大企業や中小企業でリーダー育成の研修に携わってきましたが、企業のリーダー研修の場では女性はごくわずかしか見かけません。人事部に理由を尋ねると、「女性社員はこうした研修を企画しても手を挙げてこないし、リーダーや管理職にもなりたがらない傾向が強い」と言われることが多くありました。当時は私も子どもがいなかったので「子どもができるとキャリアへの興味はなくなるのかもしれない」と考えていましたが、その後娘が生まれてみると、そんなことはありませんでした。また育休中に知り合った第二子育休中のママ友の相談が、私にとっては目から鱗が落ちるものでした。それは「第一子の出産後に残業ができなくなったら逆に営業成果が出せるようになり、仕事が楽しくなった。だからこの2回目の育休を活かして仕事に役立つような勉強をしたいと思っているのだけど、赤ちゃんを連れて行けるところがなくて困っている」というものでした。それを聞いて「もしかして企業に見えている世界と、育児と両立しながら働いている人材に見えている世界は、実は大きくずれているのではないか?」と考えるようになり、なぜずれているのか、そのずれはどうしたら解決できるかということを知りたくて、社会実験的に立ち上げたのが育休プチMBAです。

育休プチMBAの立ち位置

育休プチMBAをやってみて分かったこと

こうした場を立ち上げて続けたことで、分かってきたことがあります。まず、育休を取って仕事を続けようとしている人材というのは、そもそも仕事に対するモチベーションが高いのですが、一方で復職後の生活に対する不安を抱えています。しかし会社から見ると不安が強いのか、モチベーションが低いのかは判別できず、その結果「モチベーションが低くなっている」と判断をされてしまうことが多いのです。一方で、企業の方も育休者に遠慮していて、もう少しこうしてほしいという要求をストレートに伝えにくくなっています。

 これは、日本企業の多くが採用しているメンバーシップ型雇用との不適合が原因の1つです。メンバーシップ型雇用というのは、例えばその仕事の内容や勤務地、そして労働時間、要は残業を無限定に受け入れますよ、その無限定性を重要視しますよ、ということを暗黙の了解とする雇用慣行です。子供を育てながら働く人たちというのは、この無限定性を受容しにくくなるので、自分はこの組織のメンバーとして不適合であると感じて罪悪感を募らせ、パフォーマンスを下げてしまうということが分かってきました。

 モチベーションはあるけれども、コミュニケーションの問題でうまくいかない、うまくチームとして機能できないということなのであれば、そのコミュニケーションを改善すればいいのではないかと思いました。そしてこのミスコミュニケーションを回避する鍵が、組織目線あるいはマネジメント思考の教育にあるという確信を得るに至りました。

 こうした育児と仕事の両立の捉え方に関しては、様々な研究があります。有名なのはワーク・ファミリー・コンフリクトという役割間葛藤(ふたつの役割を果たすには時間が足りないという葛藤)ですが、ひとつの役割がもうひとつの役割の質を向上するというエンリッチメントという考え方もあります。物理的な資源だけではなく、スキルや視点などの心理的な資源、つまりその人の意識の持ち方次第で、両立しているからこそ得られる充実感があるということです。会社が制度を整えたり、支援的な組織風土を作ったりすることは大前提ですが、両立生活が個人の意識の持ち方次第で辛くもなるし楽しくもなりえるという現象は興味深く、どんな要因が就業継続や昇進意欲に繋がっているのかを研究するようになりました。

育休期間を利用した復職支援プログラムの概要

2017年度と2018年度に、復職支援プログラムを実施しました。プログラムは全4回のワークショップで構成され、ケースメソッド教授法を採用し、参加者の視座を育休からの復職当事者から、その上司、そして他部署や取引先と視座をあげていく(=視点取得)内容になっています。

 このプログラムを人事部の方から告知いただく形で企業横断的に参加者を集め、その参加者を対象にワークショップの参加前、参加直後、育休復帰前、育休から復帰して半年という4つのタイミングでアンケート調査をしています。復帰後の調査はご本人に加えて上司にもアンケートを実施しています。同時に、このワークショップに参加しなかった育休者にもアンケート調査を実施し、参加者と非参加者の間にどういった違いがあるのかということも調査しました。

 

復職支援プログラムの効果

まずプログラムを受講することによる変化を統計的に分析したところ、復帰後の家族と仕事の干渉への懸念(復職後の生活への不安)が有意に減少する一方で、仕事と家庭を両立できそうだという自信(両立効力感)と、管理職になってもやっていけそうだという自信(管理職効力感)が有意に増加していることが確認できました。つまりプログラムを受講することによって、両立後の不安が減り、自分は復職後もうまくやっていけそうだという自信と、管理職になってもうまくやっていけそうだという自信が高まったということが確認できました。

 また復職半年後の調査によって、復職後の生活への不安の減少が実際にどう影響するのかを調査しました。すると研修によって両立効力感を高めた人たちは、上司から見て評価してもチームのメンバーとして優れた役割を果たしてくれている(役割遂行パフォーマンスが高い)ということが分かりました。両立効力感を高めた人たちは、本人が自分の仕事をしっかりこなしているだけではなく、チームを意識して動けている、それが上司に評価されているのです。復職前の自信を高めることが、復職後の活躍につながると言えます。

 一方で、プログラムに参加しない人はどうだったのか。このプログラムへの参加者と非参加者の受講前の状態、すなわち初期値はほとんど変わりません。どちらも同じぐらい不安を抱えている状態です。しかしプログラムへの参加者が受講を通じて不安を減少させているのに対して、非参加者は復職前にさらに不安を強めています。同時に両立効力感についても、非参加者の方は復職直前には更に下げているという状態でした。復職支援プログラムに参加しないと、高い不安状態で復職を迎えてしまうということです。なおプログラム参加者と比べると、非参加者は家族の支援が少ないという傾向がありました。家族の支援が両立の不安に繋がっていると考えられます。

 

育休者の「ライフゲージ」を考える

この現象は、資源保存論という理論で説明できます。資源保存論とは、個人的な資源を獲得保持・保護しようとしたり、資源を失うことによってストレスを感じたりするという理論です。分かりやすい例えとしては、ロールプレイングゲームやバトルゲームのHPやMP、ライフゲージや体力ゲージというものを想像していただくといいかと思います。人はそれぞれライフゲージという資源を持っていて、その資源が減ってしまうと、攻撃に出ることができなくなります。一方でライフゲージが豊富だと、積極的に攻撃しようという気持ちになります。そのためこのライフゲージを適切な量に保っておくということが重要ですが、復職後の両立生活を考えた時に、「今のライフゲージでは難しいのではないか」と感じると、復職者としては不安になり、その不安な状態では「自分のライフゲージをもうこれ以上減らさないようにしよう、最低限のことだけやるようにしよう」と守りに入ってしまうのだと思います。

 一方で、今回の復職支援プログラムへ参加した人は、受講を通じて両立効力感を高めることができています。ライフゲージが豊富な状態で復職することができているので、自分の仕事を越えたチームへの貢献行動のような攻めの行動もできており、それがさらなるライフゲージの補充に繋がっていることが考えられます。要はこの自分の資源、ライフゲージをいかに高い状態にして復職してもらうかで、復職後に守りに入るか攻めに出るかが決まるというのが私たちの分析です。

復職支援プログラムを実施して分かったこと

実際にワークショップを実施している間も、育休者の高い不安は感じました。不安の理由のひとつは、「復職後は会社から期待されなくなる」という予測で、残業やイレギュラー対応ができない不完全なメンバーとして組織に戻る罪悪感が大きいのです。会社側が行う配慮や遠慮も、遠慮というより「もう期待されなくなったんだ」という捉え方をする人が多くいました。そして期待されていない不十分なメンバーだという自覚があることで、キャリアに対する要望や意気込みを口にできなくなる、ということが分かりました。

しかし「会社は皆さんの今後の活躍に期待をしていますよ」ということを伝えると、面白いことに急に課題解決思考になりました。具体的には、例えば、期待されていないという捉え方をしている時はいかに迷惑にならないようにするか、「いかにライフゲージを減らさないか」というモードに入ってしまっていても、期待されていると感じると、自分の抱える制約の中で期待に応えるにはどうすればよいか、つまり「どうしたらライフゲージを増やせるか」と思考が変わっていきます。なので、企業としては、育休者に「期待をしている」というメッセージをしっかり伝えることが重要です。

 

今後の女性活躍支援への提言

最後にこれからの女性活躍支援に関する提言です。両立効力感が復職後の活躍に影響することが確認できましたので、復職支援としては、この両立効力感を意識した内容が重要です。また近年は育休からの復帰はほぼ100%となってきていますので、復帰後のキャリアアップを視野に入れた取り組みにシフトするほうがよいでしょう。復職が当たり前になってくると「なんとかなるだろう」という無防備な復職も増えるため、うっかり躓いて不適応を起こさないために働き方の変化を意識づけるような対策は必要です。復職の当事者はもちろんですが、その方達たちを迎える職場の上司にもそうした意識付けが有効です。

 育休者に限らず、介護や病気治療などで仕事にフルコミットできない人材というのは今後も増えていくでしょう。今後はフルコミットを前提とした職場では人材確保に苦労することが目に見えていますので、働き方の多様性を前提とした組織管理体制に早めに移行することがこれからの企業には重要だと言えます。

挿絵:記事を元にスタッフ作成

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