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2019/10/2

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男性の育休は、職場と家庭に何をもたらすのか?

ワークシフト所長コラム 2019年10月


ワークシフト研究所 
所長 国保祥子

男性の育休を義務化する動きが広がっている。
しかし一方で、男性育休には否定的な声も多い。

「出産するわけでもないのに休む必要があるのか?」という疑問から、
「ただでさえ職場は人不足なのに、さらに休む人がいると業務が回らない」という悲痛な声、
「家事も育児もせず、ただの休暇として過ごされるのであれば却って迷惑」という妻の意見もある。

今回は、経営学者かつ人材育成の専門家としての目から、
男性育休は果たして職場と家庭に何をもたらすのかという点について論じてみたい。

まず定義として、育休は絶対に取らなくてはいけないというものではない。
「産後8週間から最長2歳になるまで休むことができる」として、育児介護休業法で定められた制度である。そして休んでいる間は、社会保険料が本人・事業主負担分ともに免除され、雇用保険から育児休業給付金を受けることができる(休業開始時の賃金の67%)。
つまり男性の育休を義務化するといっても、男性を強制的に休ませるという意味ではなく、男性従業員から取得申請があれば企業は認める義務があるということに過ぎない。

なお男性に限っては、条件を満たすと2回目の育休がとれる「パパ休暇」という制度もある。産褥期と復職するタイミングとの2回育休を取ってもらえるだけでも、女性側はかなり楽になるだろう。
現状では男性の育休取得率は5%程度であるが、筆者がある大学で実施したアンケートでは、「とれるのであれば育休を取りたい」と回答した男性学生は約6割であった。こうした若い世代に、男性育休の推進は特に喜ばれるであろう。

では男性で育休を取得する人が増えた場合、どのような事態が予想されるのだろうか。

まず、取得者が増えれば増えるほど、育休は「ごく一部の人だけが取得するもの」ではなく、「皆が普通に取得できるもの」という位置づけになるだろう。そしてそれに伴い、無防備に育休に突入する人が増えることになる。これこそすそ野が広がるということであり、喜ばしいことでもある。ただし情報収集や検討が不十分なことから、実際の育児現場に直面したときにうまく適応できず、妻にとってほとんど助けにならないという事態を招きやすい(「産んだ覚えのない長男」と呼ばれることも)。

一方で職場にとってみれば、「気合で乗り切る期間限定の欠員」以上のものとならない。さらには不適応を起こした男性が、家庭や職場での活躍を諦めてしまうということもありうる。これでは、誰も幸せにならない。

しかし、もしもきちんと情報収集や検討を十分にしたうえで休みに入ることができれば、景色は変わるだろう。

例えば、男性個人には、育休に入る前に「育児期間をどう過ごすべきか」を考えるRealistic Job Previewの機会を持たせる。産後の女性の状態やニーズ、妻とのコミュニケーションの重要性をあらかじめ理解して育休を迎えることで、育休はチーム育児に向けたブートキャンプとしての効果を持つだろう。
出産直後の育児へのコミット度合は、その後何十年も続く夫婦の関係性を左右する入り口でもある。ただ、ここで気を付けなくてはならないのは、これまでと同じ(すなわち歴史的に女性が担ってきた)やり方を、男性が踏襲することは本来の目的ではないということである。

ぜひ夫婦で手掛けるからこその「新しい家事育児の方法」を考案してほしい。
日本は1980年代に、男女の職場での扱いを平等にすることを目的に男女雇用機会均等法を制定した。しかしこの法案は、女性を男性並みに働かせる(女性の男性化)ことに繋がり、女性に「キャリアか子どもか」の選択を突き付けるという事態になった。

もし男性育休が、男性も女性並みの家事育児をすることを目的にする(男性の女性化)ならば、近い将来、同じ二者択一を男性に迫ることになるだろう。その昭和の失敗を、令和の時代に繰り返してはいけない。

共働き夫婦だからこそできる効率的でスマートな家事育児のあり方を、男女でつくりあげるべきなのである。
そもそも、日本の家事レベルは国際的にみれば驚異的に品質が高い。たとえば、毎日違う献立の手作り料理が食卓に並ぶというのはグローバルで見れば当たり前ではない。高い家事品質は素晴らしい文化である一方で、女性の時間の可処分時間を奪う理由でもある。こうした領域に男性が進出することで、家事品質の適正化とオペレーションの効率化を進めるべきなのである。
しかし、これまで家事育児をほとんど女性まかせにしてきた男性が、合理性や効率性を振りかざして改善提案をするというのは、これまで自分たちなりのやり方で安定操業をしていた国内中堅メーカーに、フレームワークを振りかざした外資系コンサルタントが乗り込んでいくのと同義である。現場に反発されるのは当たり前。そこで必要なのは、相手の感情や信頼関係に配慮しながら変革を導く「配慮型のリーダーシップ」であり、育休を機にこのリーダーシップを身に付けることで、家庭はもちろんのこと、職場に戻った時にも活かせるスキルとなるだろう。

つまり育休という家庭へのコミット期間は、リーダーシップのトレーニングの機会でもあるのである。一方で、職場にとっての男性育休は、業務改善を進めるきっかけである。人不足という嘆きはよくわかるが、この人材不足が進む社会では、今後も「人が十分にいる状態」はおそらく望めない。であれば、現状の人員で回るように業務を改善するほうが合理的である。人不足の現場は、残存人員に過剰な負荷がかかりやすく、さらなる離職やメンタル疾患を招き、さらなる人不足に陥っていく。このスパイラルを止めるためには、現有人員が高すぎない負荷で任せるオペレーションに組み替える必要がある。そしてそのためは、誰もが休みやすく、定時で帰ることができる職場を作る必要がある。

育休はその人の不在が半年以上前に予測できる、貴重な機会である。業務の可視化と取捨選択、効率化を進めるには十分な準備期間ではないだろうか。部下から育休申請を受け取った管理職は、多元的な業務管理と人材育成ができる管理職へ進化するまたとない機会であると捉えてほしい。そして人材不足と多様化が進むこれからの社会では、限られた人員と時間を賢く活用して成果を出す管理職の市場価値は、ますます高くなるだろう。そしてそんな職場に、リーダーシップスキルを高めた着けた人材が戻ってくるのである。男性育休は、そんな好スパイラルを作るトリガーにもなりうる。企業は、男性育休をこうした個人や職場にとっては進化するきっかけであるということを踏まえ、当事者や管理職がうまく適応するための適切なサポートをしてほしい。

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