WorkShiftInstitute

株式会社ワークシフト研究所

〒106-0044 東京都港区東麻布1-7-3
第二渡邊ビル 7階

お問い合わせ

お問い合わせ

2019/8/9

学術論文

パタニティ・ハラスメントと男性育休者の悩み

ワークシフト研究所 
研究員 森家明味

~夫婦の家事分担~

 2019年現在、日本の家庭における、女性の家事スキルの高さが話題に上ることがある。戦時中、または戦後に生まれ育った女性を筆頭に、その子供としてよき母の背中を見ながら家庭科教育を受けてきた世代も、驚くべき家事スキルを有している。
これまでに磨きぬかれてきた女性たちの家事スキルの高さには、尊敬の念を禁じえない。

その家事スキルの価値は、もっと評価されるべきだと思う。
最近ではその高いスキルを社会に売り出し、家事代行業務などに活かして経済的な評価を受ける人々もいるだろう。だがそれだけでなく、家庭内で使われている高付加価値の家事スキルを持つ主婦たちが、もっと評価されてしかるべきだ。家庭の仕事は賃金が発生しないため、目に見えるような指標にその価値が表れにくい。そのため、家庭生活にかかわる仕事が、軽んじられる傾向があるように思う。

例えば、家庭生活にかかわる仕事のプロフェッショナルでもある、専業主婦の女性たちの話を聞くと、今でもなお、「俺のほうが稼いでいるのだから俺のほうが偉い」という意味が裏に隠れている、前時代的な言葉を投げかけられたという話を耳にすることすらある。やはり家事育児は、その大変さや価値が認められにくいのだろう。

家庭での仕事は、その大変さや仕事にかかる時間が目に見えにくい。生活とともに発生する業務であるから、仕事として認識するのが難しいこともあるし、幼いころから毎日誰かがやってくれて、日常的に接してきた仕事であるから、誰でもできるような簡単な類の業務だと勘違いされ軽んじられることもあるだろう。

しかし、家庭に関する業務も、会社の仕事同様、誰にでもすぐにできることではない。効率よく家事を行うスキルの習得には時間も労力もかかるし、会社でのスキルアップ同様、モチベーションや人材としての性質の面も大きな問題になる。忘れがちな事実だ。

家庭生活を支える家事育児は、大変な仕事、つまりは業務である。

その事実を、子供が生まれた瞬間から身をもって確認し、社会的なサポートを受けて準備万全な女性たちが育休をとると、スムーズにその時間を子育てに使うことができる。
しかし一方で家事育児が時間も労力もかかり大変な仕事であるという事実を、少しでも誤認している男性が育休を取ると、突然、家事育児の大変さが、現実の問題となり、高い壁として立ちはだかる。
育休は休みではない。その当たり前の事実を、身をもって確認するだろう。

2019年の今はまだ、育児休業を取得する男性は少数であるため、育児生活についての知識取得などに対する社会的なサポートの整備がまだ不十分であり、育休の認識不足に陥りやすい状態だともいえる。これは、女性たちが社会的にサポートされて知識や覚悟をもって育児休暇に臨んでいる状態とは少し異なる。

 だが、そのような中でも、多くの男性育休者たちは高い壁を乗り越えようと頑張っているだろうと推測される。なぜなら、男性が育休を取得することがまだ珍しい日本で、その反発が現実としてある中で、勇気をもって家族のために行動できる人々が男性育休取得者なのである。
新しい理念のために動ける、家族思いで意識の高い男性であると想像される。そうでない男性育休者は、家事育児の高い壁を越えず、女性に任せきりになる人であろう。

さて、最近よく耳にするワードがある。「パタハラ」である。パタニティ・ハラスメント、という育児中の父親たる男性への嫌がらせだ。特に、育休取得や復職後の男性に対するハラスメント問題が取り沙汰されてきている。

ハラスメント問題とは、マイノリティに関する社会的な問題提起の意味を持つことが多いが、人の持つ心の闇が醸し出る。

パタハラの背景には、家事育児分担に対するジェンダー論から抜け出せない上司の存在がある。平等な家事育児の分担意識がそもそもないばかりに、育休を申請する男性は、ただ休みたいだけで、女性に家事育児は結局任せていて、転職サイトへの登録や資格の勉強に漕ぎ出すのではないか、という不審の目も一つの要因となっている。(そんな暇はない)男性のキャリアとはかくあるべき、というジェンダー論ゆえに、男性は育休取得や時短勤務を断念させられることが多々あるという。

また、復職後の嫌がらせについては、これまで女性育休取得後の復職者も、同様の問題を抱えてきた。しかし女性復職者に関してはここ数年の社会の動きとともに、数が増え、事態が好転している人々が増えてきている。
一方で、まだまわりに同類が少ない男性育休者の悩みはより深刻だろう。今はまだ、立場を理解してくれる相手になかなか出会えず、社会の支援も未発達である。悩みが理解されないし、解消もされないという、マイノリティ所以の弊害が伴う。これは社会で活躍する女性が持つ、マイノリティであるために受けてしまう負の影響と似ている。

育休中は会社のような業績成果が出ないため、まわりに取り残された感覚を持つこともあるうえに、うまく家事育児は進まない。社会から遠のいた気持になるうえに、自分への評価が見えずに焦ってしまう。男女ともに、育休者が抱える悩ましい問題であるが、周りに話し合える仲間が少ない分、男性育休者の問題は深刻だ。

そのような悩みに配慮せずに、最近では、経済活動での収入の高さを笠にして、育休中の男性に過度に家事を任せる女性もいる。また、育休中でなくとも、家事育児の5割以上を男性に任せているにもかかわらず、男性は家事をしない、もっとやってほしいと訴える女性の話も出始めている。ここに至ると、男性が家事育児すべきであるというような、新ジェンダー論で、マイノリティである男性育休者をさらに苦しめるリスクが見え隠れする。

家事分担は家庭で共有する有限の時間をどのように割り振るかの問題であり、そこに経済指標を判断軸としていれるのかいれないのかは家庭によるわけだが、どのような形で分担するのであれ、男女にかかわらず、家庭での仕事を引き受ける人の価値を認め、尊敬して接するべきである。

現在、家事育児の分担問題は、女性活躍推進を求めるこの日本社会では、大きな関心事項である。今現在、日本では家事育児の分担割合は当然のように女性に集中している。[1]

また、育児の主体が女性であり、送迎や保育園とのやりとりを女性が行っていることが想像される。[2]

子供の送迎ひとつ考えても、それは、ものすごく労力と時間のかかる仕事だ。幼い子供が、いつでもにこにこ笑って一人で保育園まで歩いて行って、無事に元気に歩いて帰ってきてくれるならば、楽であるが、そうではない。
時には嫌がる子供のテンションを上げて保育園に連れ出し、具合が悪くなったら迎えに行き、忘れ物がないよう気を付けて、傷ついたことがあったらフォローして、先生と二人三脚で子供の社会生活を支えていくのが、送迎という名の仕事である。こういった現実の積み重ねが、果たすべき家庭仕事の現実である。

これから増えていくであろう男性育休者は、その家庭仕事を積極的に果たしていくことが求められているわけである。育休は休暇ではない。これから、男性育休者たちは、その大変な仕事を引き受けるために、自ら戦地に臨む勇者だともいえるのだから、企業はパタニティ・ハラスメントをしている場合ではないのだ。家庭のために動けるような、優秀な人材を活かしてこそ、企業に競争力が生まれる。もはや企業は人の生活を大切にしなければ存続していかない時代である。


[1] ワークシフト研究所の調査(2018)によれば、家事育児分担割合について、55%以上の女性が、家事育児分担の6割以上を担っていると回答している一方で、男性回答者の約75%が家事育児分担の40%以下だと回答している。

[2] ワークシフト研究所の調査によれば、男女ともに回答者の8割以上が、仕事と家庭の両立への協力者として配偶者と回答している。保育園の先生を協力者だと回答したものは女性は6割以上であった一方で、男性は約20%の回答となった。

※本レポートはワークシフト研究所2018年度アンケート調査をもとに執筆したものです。


[1] ワークシフト研究所の調査(2018)によれば、家事育児分担割合について、55%以上の女性が、家事育児分担の6割以上を担っていると回答している一方で、男性回答者の約75%が家事育児分担の40%以下だと回答している。

[2] ワークシフト研究所の調査によれば、男女ともに回答者の8割以上が、仕事と家庭の両立への協力者として配偶者と回答している。保育園の先生を協力者だと回答したものは女性は6割以上であった一方で、男性は約20%の回答となった。


ニュース一覧