多様性を組織の力に変える「エンパシー」

ワークシフト所長コラム2019年7月


ワークシフト研究所 
所長 国保祥子

 身長110センチの娘には、私とは異なる世界が見えています。
 一緒に林の中を散歩すると、私が木の上の花や実の変化を見つけ、娘は道端のちいさな草花や地を這う虫を見つけては教えてくれます。目線の違う二人が共に歩くことで、視界は2倍になり、散歩の楽しみも2倍楽になります。

企業ヒアリングをしていると、組織の多様性が高まっていることを感じます。

 これまで日本企業は人材の同質性が高かったため、管理の手間と難易度はそれほど大きくありませんでした。家事育児を妻に任せ、残業や出張を問題なくこなし、辞令一本で転勤もする、そういう人材ばかりの組織であれば、先輩や上司と同じやり方で後輩や部下をまとめたり育てたりができます。

 ただ近年は、慢性的な人不足の中、時短勤務や非正規雇用など雇用・勤務形態の異なる人、介護や育児、疾患等で時間に制約を抱えながら働く人、残業を嫌がる若手など、異なる事情や価値観を抱えた人が職場に増えています。

 抱える事情によってインセンティブやモチベーションの内容も変わるため、こうした多様性を理解ができない、面倒だと感じる方もいらっしゃると思います。
「どうすればいいかが分からない」と戸惑っている管理職の方も、少なくないのではないでしょうか。

 多様性(ダイバーシティ)は、そのままで価値があるというわけではありません。

 バックグラウンドが異なる人が集まることで、ミスコミュニケーションを招き、組織の生産性を低下させる場合もあります。

 しかし多様性、特にスキルや能力の多様性はうまく活かすことができれば、新たな情報やアイデアを組織にもたらします。

 例えば育児のために一刻も早く帰りたい女性から見れば、効率アップのために改善できる要素が職場に溢れていますが、それらは残業を厭わない人の目には留まらないかもしれません。

 多様性が進み「自分と同じ考え方をしない人」が組織に増えていく中で、どうすれば効果的なコミュニケーションをとれるのか、特に自分が経験していない立場の人に対する想像力をどのように育むかは、これからの社会にとっては大きな課題となっていきます。

 異なる立場によってミスコミュニケーションが生まれやすい関係性の1つは、男性上司と女性部下、特に育児をしながら働く女性部下です。
というのも、家庭のことを専業主婦の妻に任せて仕事に邁進できた世代の男性上司は、家事育児タスクと両立しながら業務責任を背負う働き方がどのようなものなのか想像はしにくいでしょう。

 一方で女性管理職比率が1割程度の我が国では、女性にとって管理職の業務を自分ごととして想像することは難しく、部署の達成目標のプレッシャーにさらされながら、他の社員よりも早く退社する部下を抱える男性上司の悩みは他人事になりやすいでしょう。

 こうした多様性が高い組織において重要なのは、「認知的共感(empathy/エンパシー)」です。

 エンパシーとは、異なる認識・思考・行動を持つ他者に対して自己投入し、理解をする能力のことで、他者に自分の感情を同調させる情動的共感(sympathy/シンパシー)とは別物です。

 例えば上司は、部下がどのような困難や不安を抱えているのかを理解することで、制約と責任を両立しやすい環境を整えることができます。部下は、上司がどのような責任やプレッシャーにさらされているのかを理解することで、上司にとって評価に値する行動をとりやすくなります。

 とはいえ、立場が異なる他者に対する理解を深めることは、日常の業務の中では難しい場合もあります。相手が素直に語ってくれるとも限りませんし、昨今であれば下手なことを言って意図せずハラスメントに抵触してしまうという心配もあるでしょう。

 そのような場合に有効なのは、ケースメソッド教育を使った研修です。男性上司であれば女性部下の、女性部下であれば男性上司といった「異なる他者の視点」を、ケース教材を通じて体験し、研修と言う心理的安全性が担保された状態でのディスカッションを通じて理解を深めることができます。

 今後も職場における多様性は高まり、既に問題が発生しはじめている職場も少なくありません。
 しかし多様性の本当の価値は、冒頭のこどもとの散歩のように、「自分だけでは見えない世界に気づくこと」です。

一人で散歩するほうが進むスピードは速いかもしれませんが、組織や社会の未来に必要なものも、たくさん見過ごしているかもしれません。「キノコの赤ちゃんがあったよ」「花が咲き始めたよ」と対話をしながら歩くことで、自分だけでは到底見られなかった世界を見ることができるでしょう。あなたも小さな花を探す旅に出ませんか。


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