Case導入事例
日本精工株式会社
日本精工株式会社(NSK) 両立支援プラス活躍支援へ 育休プチMBAと管理職向け研修の両輪で意識改革
ベアリング(軸受)の世界的メーカーとして知られる日本精工(NSK)。1916年の創立以来、自動車をはじめとする様々な産業で社会の発展に貢献してきました。 BtoBの製造業ということもあり、女性社員が少ないという課題がありましたが、長らく行ってきた取り組みにより、徐々に増加傾向に。近年は、女性をはじめすべての従業員が生き生きと自分の能力を発揮できる状態を目指し、ダイバーシティ推進に力を入れています。その一環で2019年から、育休中・育休明けの社員のトレーニングとしてワークシフト研究所の『育休プチMBA』の導入をスタート。育児中の社員がより主体的にキャリアを形成していく支援をしています。2024年からは育児期社員のマネジメントや世代間のギャップに悩む上司に気づきと学びを促す目的で、管理職を対象としたダイバーシティ研修も始まっています。これらの企画運営を担当している堀口彰子氏と武田理恵氏に話を聞きました。(取材日:2025/2/10)
人事総務本部 コーポレート人事部
ビジョン2026推進室長
ダイバーシティ推進室長
堀口 彰子 氏
人事総務本部 コーポレート人事部
ダイバーシティ推進室 主任
武田 理恵 氏
◆女性が少なくロールモデルの不在が課題 キャリア形成支援に『育休プチMBA』を活用
―ダイバーシティ推進室について内容や成り立ちなどを教えてください。
堀口さま
元々人事の中にあった機能が、2016年にダイバーシティ推進室として単体の組織になりました。ダイバーシティの一丁目一番地と言われている女性活躍推進からスタートし、現在は外国籍やLGBTQといった多様な属性へと範囲を広げているところです。性別に関わらず育児や介護、治療などとの両立の支援やキャリア支援などを行い、社員一人ひとりが能力・特性を最大限に活かし生き生きと活躍できる会社であることを目指しています。
武田さま
当時特有の事情として、製造業ゆえに全従業員に占める女性の割合がとにかく少ない、ということがありました。それが当然の状態であって、問題であると気付いておらず、女性が働き続ける上での課題も分かっていませんでした。まずは会社として「女性」にフォーカスしているというメッセージを発信し、そのうえで、女性社員にも活躍を期待しているとしっかりと姿勢として示すことからスタートしました。-
―取り組みの一貫で『育休プチMBA』を活用していただいています。導入の経緯などを教えてください。
堀口さま
当時は、ケア重視からキャリア重視へと方針を切り替えるタイミングでした。ダイバーシティ推進室のスタート時は出産や育児を契機とした離職率は減っていたものの、復職のためのケアや職場復帰へのサポートが中心でした。ただ、ずっとそれだけというわけにはいきません。近年は育児休業後の復職率はほぼ100%で、仕事に戻るための体制はできていると考えています。次のステージとしてせっかく戻って来たからには、今度は自分のキャリアをしっかり歩んでほしい。ライフイベントを経て、自分の人生における優先順位が変わるなかで、会社にいる時間はどう「会社人」としてしっかりやってもらうか。当時は、これらは自分のキャリアを歩むためのサポートが必要だという課題感があったのだと思います。どのようなアプローチがあるかと考え、育休プチMBAにたどり着いたという経緯です。
武田さま
当時の担当者が産休・育休を取得した女性向けの研修で効果的なものを探しており、育休プチMBAを見つけて見学に伺ったのが2019年3月頃の話です。
少し付け加えると、やはり女性が少なかったことで切実にロールモデルがないという問題があったのでしょう。育児休業を取得して戻って来る人はいますが、もっと先の子育てをしながら築くキャリアを見据えることは難しい。そのようななかで、育休プチMBAに参加することで仕事を頑張りたいと思っている他部署の人に出会え、さらには社外の人との交流もできます。それだけですべてが解決するわけではありませんが、何か一つ、壁を超えるきっかけは得られたのではないかと思います。 -
―累計すると受講した社員の数も多くなってきましたね。
武田さま
そうですね。2019年から始まって、現在は毎年5人から10人が参加しています。実は私も育休プチMBA導入初期に参加しました。私自身は、子育てや家事と仕事の両立について自分の中にずっとモヤモヤしたものがあり、育休プチMBAに参加することで、そのモヤモヤ状態から脱するまでの期間を早めることができたように感じています。どうしても子どもが小さいうちは、仕事にコミットすることにある種の罪悪感を抱くことがあると思うのです。でも同じように頑張っている人たちと接することで、「今、ここで仕事を頑張ることは間違いではない」と確信できたことをよく覚えています。
堀口さま
導入からもう6年ほど経ちました。最初はトライアルで小さく始めましたが、回を重ねるなかで、先にマインドセットしてもらったほうがスタートダッシュできそうだということで、事前に社内で説明会を実施しています。年々説明会の内容も充実させてきており、今は「何をどのような視点で学んできてほしいのか」、「会社として何を期待しているのか」というところをしっかり伝え、不安がない状態で参加してもらっています。 -
―導入前と比べて社内に目に見える変化などはありますか。
堀口さま
受講した社員はもちろんですが、送り出した側の意識も変化してきたように思います。育児休業はブランクではなく一つの通過点であり、そのステージも含めてその先のキャリアも考えていく…という意識が普通になってきたように感じています。
受講者の感想では、「頭が整理された」という内容がいちばん多いですね。何となくモヤモヤしていることを書き出して共有し、自分の考えとほかのみなさんの考えを物理的に目にすることですごく思考が整理されるという声は、よく聞きます。
◆受け入れ側の意識改革を狙ったダイバーシティ研修 グループディスカッションで得た様々な気づき -
―今回、新たに管理職向けのダイバーシティ研修を導入していただきました。どのような課題があって、何を学んでほしいと考えたのでしょうか。
武田さま
育休プチMBAも定着し、育休から戻ったあともしっかり働きたい社員が増えているのですが、一方で受け入れる部署側の準備が不十分という声も徐々に挙がるようになってきました。育児期社員、時短社員が増えることに対して経験がないことから不安に思う部署もあり、意識を変えるきっかけを提供しなければいけないと考えました。
実際に社員が育休から戻ってきたあとにどのようなことが起こるかを予め学ぶワークとして、ケーススタディを入れた研修を実施できればと思い、となるとやはり育休プチMBAがすごくいいので、ワークシフト研究所に相談させてもらいました。
堀口さま
これまでも部署の上司などから受ける相談で、育児中の社員に対する配慮の仕方がズレているような、うまく意思疎通が図れていないような様子がうかがえました。働き方が多様なメンバーをどのようにマネジメントしたらよいかを考える場が必要だと感じ、「育休プチMBAのケーススタディのようなものがいいね」という話になりました。
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―実施まではスムーズでしたか。
武田さま
ケーススタディを中心にするという方針はすぐに決まりましたが、内容はかなり議論を重ねました。せっかくケーススタディをしても、「ウチの会社の話ではないから学びがない」といった反応になると困ります。ワークシフト研究所には「他社の話だけどウチもこういうことがあるな」と思えるような、自分事として捉えられるケースを提案してほしいとお願いしました。
最終的に、「時短社員がいる職場の定時後クレーム対応」と「働かない若者と叱れない上司」の2つのケースで実施しましたが、終了後のアンケートでは「ウチの会社の話かと思った」といった声もありました。狙い通り、自分事として捉えて、そこから自社、自部署で抱えている問題を話し合うことができたようです。
堀口さま
そうですね。私も受講者として研修に参加させてもらったのですが、メンバーの中には「実際の自分のチームの状況とは違う」と距離をとってしまう人もいました。でもそこは講師が考え方、捉え方をアドバイスしてくれることで、きちんと第三者的な視点に立って問題を深掘りすることができていたと思います。
また、「いるよね、こういう人」「困るよね」という愚痴でとどまりそうなグループもありましたが、そこも講師がうまいタイミングで問いかけをしてくれるので、「自分の視点からしか見ていないな」「これは若手の視点に立って考えるとどうなのだろう」と切り替えることができていました。とにかく受講者への声がけのタイミングと内容が絶妙で、それで停滞していたディスカッションが動くことが多かったです。
研修を通じて私自身も、自分の狭い考えや固定した価値観で物事を捉えていることなどに気づくことができましたし、グループのほかのみなさんの話に「なるほど」と思う場面も多く、何か脳がぐるぐると動くような感覚でした。
武田さま
今回、新しいケーススタディを入れるにあたり、我々が想定している「一方的な配慮をし過ぎてはいけない」という気づきを本当に得られるのか、ディスカッションが違った方向に行ってしまわないかという点は、事前にかなりやり取りしました。声がけの工夫や設問の投げかけ方なども話し、議論が発散しないように配慮してもらいました。確実に意識を変えるきっかけとなるように、90分という短い時間のなかでしっかり組み立てた形にして、本当に有意義な研修にしていただけたと思っています。
研修は部門横断で実施し、管理部門、支社、営業、技術、製造など様々な部門の方が参加してくれました。ディスカッションのグループ分けは意図的に部署がバラバラになるようにしており、まったく接点がなかった部署の様子がわかったり、知らなかった人同士が知り合えて、そこを起点にまた新しいつながりができたりといった点もよかったと思います。知り合いの管理職の方も参加して「この研修で新しいつながりできてよかった」とわざわざメッセージもくれました(笑)
堀口さま
バラけさせたことでディスカッション中も、例えばこれは営業部門だけの問題ではない、技術部門だけの問題ではないという具合に気づきを得られた面があったのではないかと思います。
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―希望者が参加するスタイルはどうでしたか。
武田さま
今回は任意の手挙げで実施したのですが、参加者からも「実はこの場に来ていない層への働きかけのほうが大事では?」という声は挙がっていました。
堀口さま
この方式でいいのかという意見は企画段階でも出ましたね。本当は部下を持つ管理職全員に参加してもらいたかったのですが、今回は1回目ということで、まずは希望者のみにしていました。社内には、本人は関係ないと思っていても実は課題があるという部署もありそうです。
ケーススタディでは育児期と若手という2つのテーマを取り上げたのですが、実際、参加してみるとそれだけにとどまりません。多様化するとはどういうことか、といったより深い話につながる資料や講師の問いかけがあり、育児、若者を入り口として、それ以外の気づきがたくさんありました。「ウチは、まだ育児休業取得者はいないから」とか「若手のことで困っていないから」などと思っている人も、視野を広げると絶対に気づきがあるはずです。そこをどう受講につなげていくか、次回以降の課題にしたいと思います。
◆ダイバーシティ推進のカギは意識改革 世の中の変化に合わせてアップデート -
―ダイバーシティを推進する上で、社内教育が果たす役割は何でしょうか。
堀口さま
いちばんのネックとなっているのは、やはり先入観など人の意識の部分だと思います。自分では気づいていないので、何かしらの働きかけでそれを気づかせ、変わってもらうことがどのフェーズにあっても必要です。そこはまさにケーススタディが有効だと思っています。
2016年にこのダイバーシティ推進室ができたときに10年間のロードマップを作り、今日まで社員一人ひとりが生き生きと自分の能力を発揮できる状態を目指してきました。今までやってきたことを継続していく一方で、世の中が激しく変わり、人材の流動性も高まっていくなかで、この先はどうアップデートすればいいのか。そこは自分たちだけではアイデアも限られるので、ワークシフト研究所には、課題をシェアしながら相談に乗ってもらえればと思っています。
武田さま
今は育休当事者へは育休プチMBA、管理職へは管理職研修と分けて実施していますが、そうではなく、本当は縦割りの研修ができたらいいのかもしれません。部署で必要以上の配慮をしていたり、上司と部下で本音が聞けずに困っていたり、そのようなズレや意思疎通不足は、縦割りで直接本人たちの思いを共有する場があれば理解が進みそうです。具体的な手法は描けていませんが、本音を言いやすくする工夫を盛り込んで実施できたらと思っています。
堀口さま
おもしろそうですね。個人的な話ですが、自分自身が様々な管理職向けの研修を受けているなかで改めて部下の目線に立つことの大切さに気づき、とてもいい機会になっています。育休プチMBAも、自分の視点・上司の視点と視点を変えてケースに臨んでいますが、それがいろいろな気づきにつながります。今は復帰した本人向けがメインですが、いろいろな人がいろいろな視点に立って考え、気づきを得る機会を設けていきたいですね。
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―最後に研修の導入を考えている他社さんに向けたメッセージをお願いします。
武田さま
ワークシフト研究所の研修は、社内ではよく「コスパがいい」という言い方をしています。
堀口さま
そうそう。これは単に「安い」という意味ではないんです。社内で産休・育休者向けの研修をやろうとすると、毎年開催できるほどの人数は集められないのが現実です。でも育休プチMBAは外部の研修に参加させてもらうので、十分な人数が集まった状態で毎年決まった時期に実施できています。自社だけでの開催が難しいという会社さんにとっては、従業員を派遣するこのスタイルはとても有効だと思います。さらに、いろいろな会社のいろいろなバックグラウンドを持った人との交流もでき、その点もさらなる学びとなるためとてもお得だと思っています。
―嬉しいお言葉をありがとうございます。これからも一緒に取り組んでいければと思います。よろしくお願いします。
取材・ライター:山田雅子
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インタビュー後記
日本精工(NSK)様には、まず育休プチMBA(以下育プチ)を導入いただき数年経過し、2024年度には管理職向けケーススタディ研修を導入いただきました。
復職する方が多い4月を前に、毎年1~3月に育休取得者および復職済の方に育プチに各人3回ご参加いただいており、仕事と育児の両立へのヒントを得ていただいています。
育プチの長期的な効果は、徐々に見えてきています。例えば、数年前に育プチに参加した社員の中から、キャリアアップを目指す人がいます。ある社員は、育プチでの学びをきっかけに、仕事と育児の両立戦略を明確にし、その後の上司評価も非常に高く、管理職を目指すためにマスタープログラムへの参加を決意しました。このように、育休プチMBAの効果は即時的なものだけでなく、数年後に顕在化することも実証されつつあります。
今年度は育プチに加え、管理職の方向けに、「時短社員がいる職場の定時後クレーム対応」のケーススタディ研修と、世代間(ジェネレーション)ギャップで起こりがちなケースを使った研修の2種類×2日程を実施し、事前課題をしっかり取り組んでいただいた上で当日は中身の濃いディスカッションにご参加いただきました。研修設計段階で、密にヒアリングをさせていただきNSK様により合致したケースを選定したためか、皆様自分事としてとらえて真剣にケースディスカッションに取り組んでいる姿が印象的でした。
普段顔を合わせることがなかなか少ない管理職同士で会話を交わし、抱える共通の悩みに気づき、今後どのように対応していくのが良いか考えるきっかけになったのではないかと思います。
研修後のアンケートでも、満足度が高くとても嬉しく思います。また来年度も同様にご提供できたら光栄です。ありがとうございました。(小早川優子)